プラセンタの歴史:西洋では
プラセンタの歴史として西洋では、古代ギリシャの医師、ヒポクラテスがプラセンタを治療に利用していたと伝えられています。

ヒポクラテスは紀元前460年 - 紀元前377年に生きた古代ギリシアの医者です。
「医学の父」、「医聖」と呼ばれています。医師の倫理性と客観性を重んじ、「ヒポクラテスの誓い」として現在まで受け継がれています。
「人生は短く、技芸は長い 」はヒポクラテスの有名な言葉です。
エジプトの女王クレオパトラは若返り・美容の目的でプラセンタを利用していたといわれます。
ローマの有力者を次々と色気で籠絡するクレオパトラは中国の楊貴妃と並べ称せられる絶世の美女の典型とされ、大哲学者パスカルに、「クレオパトラの鼻がもっと低かったら、この全地上は異なっていただろう。」と言わしめるほどだったと言われます。
クレオパトラは多くの美容法を行っていた記録が残っています。
古代エジプトのクレオパトラが山羊の発酵乳のお風呂(ミルク風呂)に入ってその美肌を保っていた、つまり、ケミカルピーリングも行っていたようなのです。
しかし、現存するクレオパトラの像を総合すると、背が低く太っており、鼻も大きなワシ鼻というクレオパトラの姿が浮かび上がるります。
時代によって美人の基準は違いますから一概には言い切れませんが、ほぼ同時代に描かれたプルタルコスの『アントニウス伝』でも、妖艶な美貌というより、教養と魅力的な会話で男心をくすぐったと伝えられています。
どちらにしても、若返り・美容の目的でプラセンタを利用していたクレオパトラの肌は大変美しかったのでしょう。
さらに、フランス国王ルイ16世の王妃マリー・アントワネットも若返り・美容の目的でプラセンタを利用していたといわれます。
マリー・アントワネットが幼少期を過ごしたオーストリアには当時から入浴の習慣がありました。
母マリア・テレジアも幼い頃から彼女に入浴好きになるよう教育していたので、入浴の習慣がなかったフランスへ嫁いだ後も入浴の習慣を続け、幽閉されたタンプル塔にも浴槽が持ち込まれたという記録があります。
どの時代にも女性は「美」に対する意識が高いのですね。
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